『バービー』

映画『バービー』を観てきて、あまりにも良かったので記録しておこうと思う。SNSに上がっていたレビューではフェミニズムとかエンパワメントの文脈のものが多かったように記憶しているが(事前情報なしで観たいため、読まないようにしてたから詳しくはわかりませんが)、そういった印象はそこまで受けず。観る人によって色々なものを受けとる映画なのかな、とも感じた。

そもそもなぜこの映画を観ようと思ったのかというと、私は文章講座EMOTIONAL WRITING METHODのカリキュラムのなかでバービーを扱っている(勝手に)。だから観ておかなければならないだろうなという半ば義務感のようなものがあった。「バービーがバービーの世界から人間の世界に降り立ってしまう」ということだけ、情報として仕入れている状態で観た。

結果、しつこいけれどもとんでもなく良かった。いくつかのポイントにわけて感想をまとめてみる。

[バービーというモチーフがよく活かされている]
映画はバービーランド(バービーたちが生きる世界)のエピソードで幕を開けるが、バービーのミニチュアな世界が人間サイズに巨大化されており、そのプラスティック感をアナログに描き切るところが実によくできていた(ちょっとミシェル・ゴンドリーを彷彿とさせる)。人形遊びで登場するあらゆる不自然さ(たとえば人形の移動のさせ方や、飲食の仕方など)がうまく盛り込まれて、変に作り込まれていないところにときめいた。

最初にその描写があるので、人間や人間界のリアルさとの対比や、次第に「完璧な存在でいられなくなった」バービーやケンが持つ「かげり」のようなものとの対比がめちゃくちゃ活きていく。マーゴット・ロビー演じるバービーと、ライアン・ゴズリングのケンは特に素晴らしかった。

またバービーの製造元であるマテル社がこの映画の制作に関わっているようだったが、マテル社が持つ理念やバービー開発への想い、歴史などが映画のなかで重要なエッセンスとなる。特にマテル社の理念と社会での受け入れられ方にギャップがあることがアイロニカルに描かれており、非常に見事だった。日本でやるなら、ここまでスポンサーを思い切り滑稽に描くことは難しい気がする。もっと羞恥心やプライドや忖度で変になりそう。

[完璧な世界の異常性]
冒頭で登場するバービーランドは、そのほとんどが多様性にあふれるバービーで構成されており、イニシアチブを女性たちが取っている。後半では反対の概念がバービーランドを支配することになるのだが、そのどちらにもしっかりと異常性が描かれていた(正直、そのふたつの世界には大した違いはない)。

たとえば「大統領も、医者も、ノーベル賞を取るのもバービー」で、それは女性の自立や発展を意図して作られたコンセプトなのだが、実際はすっかり完成された世界が空虚にそこにあるだけであり、バービーは変化を嫌う。だって今が完璧なのだから、変わる必要なんてないでしょう?と。多様性とは、自立とは、一体何か?考えさせられる。

最初の展開でマーゴット・ロビーが涙を流すシーンがあり、この涙が「完成されているバービーランド」に対するアンチテーゼの出発点となる。それがバービーの中から湧き出てくるものであるというところが非常にいい。

[人間の役割と人形の役割]
結局のところ、人形(バービー)は人間が作ったものであり、人間が成長したり変化していくときの支えになるものなのだ。人形は基本的に老いない、死なない存在であり(古びることはあるけれど)、自らの意思で動くことはない。人形の動きはすべて人間の想いという原動力によって生まれている。けれどそこに命を吹き込み、自我を持たせるという演出が本当によかった。人間たちのヘンテコな習性や愚かさ、未熟さ、そして何より「変化せずにはいられない」という宿命を、人形という存在を置くことでキッチュに描くことに成功していると思った。

私たちは、それぞれ自分自身である。自分らしく生きていい。肩書きとか、与えられた役割とか、所有物とか、そういったものに左右されなくていい。そんな耳障りのいい、聞き飽きたような文句も、人形の口から発せられると途端に鮮やかな意味合いを帯びる。

説教なんて聞きたくない。これは人間が持つひとつの心情ではないかと思う。ともすればそうなりやすいメッセージも、バービーの世界という前提があると、ここまで豊かに、ユーモアたっぷりに、描くことができるんだと感動してしまった。悪者はひとりも出てこない。みんな何かの被害者で加害者で、少しだけ愚かで、でも何かを残したい、紡ぎたい、きらめきたいと考えている。そういったことをさわやかに描き切っている作品だと思った。

風刺の小ネタも多く、男性社会の描き方などはちょっと過剰では?とも思ったけど、別に過剰とかそういうことではないのかもしれない。笑いあり、失笑あり、涙ありの素晴らしい映画だった。

人間讃歌なので、性別がなんであれ、ぜひ観てほしいと思う。この映画をカップルで鑑賞すると別れる可能性がある、みたいな話をどっかで読んだが、これで別れるくらいなら『バービー』を観なくてもいつか別れるだろって感じです。対立を煽るような映画ではないと思うし、男性のものとして描かれているエトセトラは、男性にだけ当てはまるようなものではない。人間全般に当てはまるものだと思う。

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